2012/12/22

その数字って本当に必要?ビジネスの意思決定に数字が必要な心理的理由

「ビジネスは数字で語ることが大切」
少しでもビジネスの教養(?)がある人は、これに反論できる人はいないでしょう。
かのドラッカーも、計測できないものはマネージメントできないと言っていますからね。

しかし、感度分析や期待利益を計算しようとすると、バカ売れするシナリオAとそこそこ売れるシナリオB、全く売れないシナリオCのようなシナリオを作り、それぞれの確率を推計することになるでしょう。
ビジネス企画をしている人は分かると思いますが、こうした確率の推計は結局はガッツフィーリングに近いもので、これらの確率から導き出された感度分析や期待利益は一体何の意味があるのだろうかと思ってしまいます。
よく、平均値は現実と違うと言いますが、同じようなものです。

ビジネスの現場ではこうした推計に基づく数字が判断の根拠として信頼されすぎている気がします。
これはなぜなのでしょうか?

理由のひとつは、推計であってもこうした方法論以上に論理的に意思決定を行う方法がないからかもしれません。
推計の数字に頼らないとすると、あてにならない過去の経験や拠り所のない議論、占い、サイコロで意思決定をするしかなくなりますからね。
数字での判断は消去法で考えても採用せざるを得ないのでしょう。


もうひとつの理由として、民主的に意思決定するために、全員が同意できるものさしが必要だからという理由も考えられます。

現場レベルでは日々お客様との接点を持っているので、以下に目の前のお客様に満足していただくかというのが最大の課題ですが、マネージャーは現場を以下にうまく効率的に回して部門に要求されている数字にミートするかが重要だと考えています。
そして、経営者はさらに上の視点で意思決定しようとしているので、この三者がひとつの意思決定について議論しようとすると当然意見が合わないわけです。

そこで、違うレベルの問題であっても同じ判断基準でジャッジができる「数字」というのが重宝されるわけですね。


もう少し突っ込んで考えてみると、じゃあそもそもなぜ全員が納得できる必要があるのか、と天邪鬼な私は考えてしまいます。
そこには合理性を超えた心理的な要素が影響しているように思われます。

私が思うところを有り体に言うと、決定した人の責任を和らげるために皆が納得できる数字を使うのではないかと思うのです。
数字と言う客観的で自分の操作が及ばない(理論的には、ですが)領域に判断基準を置くことで、意思決定者が意思決定による過度なプレッシャーを受けずに済むという性質が利用されています。

これは別に悪いことではないと思います。
意思決定者があえてこの心理的プレッシャーを押しのけて独裁的、独善的判断をするようではそれは民主的な意思決定ではないですから。

そして、民主的な意思決定を行うことが現代のビジネス組織にとって重要なのは、現場、マネージャー、経営者という違う立場の人たちのコミットメントが高まるからでしょう。
独裁的な意思決定では意思決定者と意を共にするメンバーしかコミットメントがあがりませんからね。


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