2013/05/25

グローバル最適されたニューヨークのサービスとローカル最適された日本のサービス


高級レストランでも庶民的なレストランでも、小売店でもコンビニでも、海外に出てサービスを受けると質の低さに驚かされることが多い。
かなり高級なレストランなのにナイフやフォークが投げ出されるようにテーブルに置かれたり、ミネラルウォーターをコップに注ぐようにワインをグラスへ注いだり、ガムをくちゃくちゃ噛みながらのレジ対応が目に付くのだ。

これは観光で訪れる人のみならず、長年現地に住んでいる人すらそう思うようだ。
いまカンファレンスで訪れている、アメリカの大都会ニューヨークでは尚更そう感じる。


とは言いながら、日本のサービスと比較してサービスのレベルが低いという文句をいうのは少し間違っている気がする。
海外で受けるサービスの不満を感じるとき、日本で生まれ育った人ならその比較対象は日本のサービスだ。
日本のサービス業は少しローカル最適化されすぎており、日本人のサービスに対するメジャーメントもローカル視点がすぎるので他国のサービスがみんな質が低く見えてしまうにすぎない。

例えばレジで「いらっしゃいませ」と挨拶してお辞儀をするのは日本では当たり前だが、この対応と比較してガムを噛みながら「Hi」ぐらいしか言わないニューヨークの店員を態度が悪いと思ってはいけない。
いらっしゃいませとお辞儀するのは、あくまでも日本の小売店というコンテクストの中において正しい行動様式であり、ニューヨークの小売店というコンテクストの中においてはただの奇異な行動だ。
コンテクストが違うのであればそもそもメジャーメントが変わってしまうので、厳密に言えば国家間、文化間での接客態度の比較は不可能だ。


とまあ、海外のサービスに文句を言う日本人の態度を少し諌めたのだが、そんな堅苦しい話はどうでもいい。
私が本当に気になっているのは、海外のサービスを受けて「やっぱり日本のサービスはいいよね〜」という予定調和的反応をする日本人に私は危機感を感じる。

日本のサービスは確かにガラパゴス化されていて、海外の人からも丁寧だと称賛を受けることが少なくない。
それは悪いことではない。

しかし、日本人が自国のサービスに対してのメジャーメントを海外に持ち込むことが違和感を感じるのだ。
日本人でもサービス満足できる飲食店というコンセプトのレストランを海外でオープンしたいのであればそれで構わないのだが、メジャーメントがガラパゴス化している限りその日本人は決してグローバルな視点を持つことができないということ。

かつてもてはやされた日本の製造業もどんどん存在感が小さくなっている。
この原因はグローバルな大衆向け製品を大衆が望む価格で生産できなくなったことにある。
高品質へのこだわりがあることは間違いではないが、高品質高価格路線企業は一つの業界に同時に5社も6社も存在できない。


高品質高価格のローカル最適されたメジャーメントも必要だが、グローバル最適されたメジャーメントも同時に使いこなせるスキルが、これから海外で活躍する日本人に必要なのではないだろうか。


photo credit: Gustavo Minas via photopin cc

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