2013/06/21

フラット化する世界でSkypeでつながるフィリピン人と日本人



最近英語学習のために、フィリピン人の英語チューターとSkypeで英会話レッスンができるサービスを利用している。
月額5000円程度で毎日好きな時間に25分レッスンが受けられるという便利なサービスだ。
実際には難しいのだけれど、もし毎日受けたなら一日あたりのレッスン料はたった百数十円という破格の英会話練習だ。

このサービスがメジャーになったのは数年前で結構時間が経つのだが、今更ながらフラット化する世界というものを痛感する。
地球の裏側とは言わないが、数千キロ離れた先の人とコミュニケーションを好きなときにタダで(英会話料金は別だけど)取れるのだ。


だが、テクノロジーはドッグ・イヤー、ラット・イヤーで進んでいくが、人間の意識はそのスピードについて行くのは容易ではない。
テクノロジーの進化のおかげでフラット化した世界を猛烈なスピードで行き来できるようになったとしても、自分の意識がそれに追いついていない可能性があることを、十分に認識すべきだろう。

なんだか抽象的な表現になってしまったので、具体例を示してみよう。
私がフィリピン人の英会話レッスンを受けているのは、英会話の上達という目的の他にもう一つ、フィリピンというマーケットの定性的な調査という目的も持っている。
あるビジネスを東南アジマーケットに持ち込みたいと考えているのだが、そもそもそのマーケットが存在しているのか、日本の顧客と同じ課題を東南アジアの顧客も持っているのかということを調べている。

そんなさなか、自分がフィリピン人を大きなひとくくりのカテゴリで考えていることに気付いた。
日本人を相手に考えていたら、当然のように地理的要因やその他の要素でカテゴリ分けをしていただろう。
つまり、Skypeという技術の発達のお陰で一人ひとりのフィリピン人とアクセスできるようになっていたにも関わらず、私の認識力はその状況に追い付いておらず彼らを一人ひとりの個人として扱う準備ができていないのだ。

全くもって反省した。
私は彼らのバックグラウンドや居住地や環境などについて詳しくヒアリングしなかったのでコンテキストへの理解が足りず、彼らのインタビューから得られた情報からうまく仮説を作ることができなかったのだ
ただの事実の羅列以上のものではない。


技術の進化によって導かれた場所にふさわしい意識を獲得するには時間と経験が必要だ。
フィリピン人と気軽にSkypeで話せるようになったとしても、彼らを「フィリピン人」というマクロな目線で一緒くたにしてしまっては自分がフラット化できていないことになる。
日本人をセグメンテーションするのと同じ細かさでフィリピン人もセグメンテーションできて、はじめてフラット化を最大限に使いこなしていると言えるのではないかと思い知らされたのだ。

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