2013/07/13

「シェア」は経済合理性から生み出される新しいビジネス


日本は高度成長期になると、一般庶民は生活に必要な物を全て手に入れ、次に贅沢品を購入し始めた。
やがてバブルが弾けて経済成長が停滞した状態に入ると、生活必需品は基本的に低コスト商品を購入し、品質にこだわるべき一部の商品は高級ブランド品を購入するという購買パターンに落ちつていてきた。
ある意味、購買行動が成熟したと表現することも出来るだろう。


その購買行動が生み出したビジネスが、『シェア』や『レンタル』というビジネスだ。
よほど必要不可欠なものでなければ、高価耐久消費財はシェアされるようになってきたのだ。
カーシェアリングがその最たるもので、いままでカーレンタルといえば車で行けない場所でも車を利用したい、あるいは経済的に車を所有できないから借りたい、というのが一般的なニーズだった。
だが昨今では、カーシェアリングを利用する人々の動機は、購入する経済的余裕はあってもコストパフォーマンスや利用頻度を考えるとシェアのほうが経済的である、という合理的な考えに端を発している。

この経済合理性からシェアするという考えは様々な分野に広がっている。

その一つの例が、登山グッズのレンタルだ。
登山用の高機能ジャケットやパンツ、登山靴やゴアテックスの雨具は、身に付けるものだしこれまでの感覚で言えば購入するのが当たり前であった。
しかし、今では富士山に昇る毎年30万人の登山客の内、10万人がレンタルで済ましているという。
一年に数回山登りをする私からすれば、自分用の登山装備を持ちたいと思うのが当たり前だが、もっとライトな登山客からすればわざわざ所有する意味に乏しいというのは頷ける。


同じような思想は家を借りるという行動にも見える。シェアハウスだ。
日本では数十年前から存在していた賃貸の形態ではあったが、数年前からまた徐々に脚光を浴び始めている。
何を隠そう、私自身シェアハウスに一時住んでいた。
今では居住地という、究極的にパーソナルな要素であっても、合理性が優位に立てばシェアされるということだ。

こうしたシェアの文化は若い人たちを中心に、違和感なく受け入れられ始めている。


こうした経済合理性ありきの購買行動は、時に商品の購入を妨げ、日本の産業を弱くするように見えるかもしれない。
恐らく若年層の所得低下によって生まれたビジネスであるということも事実だろう。
しかし、シェアによって軽減されたコストは、若い人たちの別の購買行動につながっているはずだ。
それにシェアするということは、資源の浪費を防ぐ行為でもある。
『シェア』は、大量生産・大量消費の時代が終わり、新興国の新しい価値観に呼応して生まれたビジネスなのだ。

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