2013/12/21

堀江貴文のゼロ

堀江貴文 ゼロ

2013年の11月に出所した堀江貴文氏の「ゼロ」を読んだ。もともと私は堀江氏の合理的でありながら事業に対して熱意のある考え方が好きで、ライブドア事件による執行猶予なしの懲役刑は不当だと思っている。いわば、堀江貴文のファンだと言っても間違いではないだろう。

その堀江氏が出所後に書き下ろした本が「ゼロ」だ。これまでに堀江氏が書き下ろした本を何冊か読んでいるが、どの本でも強気の姿勢を崩さず同氏が正しいと思っていること(彼の言っていることは実際正しい)をズケズケと主張するような本であった。だが、この本ほど彼の人間性が分かる本はないと思う。そしてこの本を読んでようやく彼が普通の人間なんだということを認識して何だかホッとしたような感覚を得た。

私が手本とするビジネスパーソンの一人である堀江氏の「ゼロ」から、いくつか共感できるフレーズを取り上げてみたい。

「ゼロ」P.95

そして経験とは時間が与えてくれるものではない。
だらだらと無駄な時間を過ごしたところで、なんの経験も得られない。
なにかを待つのではなく、自らが小さな勇気を振り絞り、自らの意志で一歩前に踏み出すこと。
経験とは、経過した時間ではなく、自らが足を踏み出した歩数によってカウントされていくのである。

これは私が常に気に留めている言葉でもあり、同じ考えが堀江氏から語られていることに嬉しくなってしまった。
誰でも年をとっていけば多くのことを「体験」する。だが、その体験は自発的な行動から得たものでなければ自分の血肉にはならず、ただの「体験」止まり。自発的に動いて得た「体験」は、それが大成功でも失敗でもいまいちでも、大きな「経験」というものになる。

体験をいくら積んでも自慢にならないし、体験だけを積み重ねた年寄りは尊敬に値しない。年上だが目上ではない。若くても経験を多く積んでいる人は年上ではなくても尊敬の対象になる。それが分からず体験だけはたくさんあってえばり散らしている大人はダサい。そんなダサい大人になりたくなかったら、自分で動き出すしかない。

「ゼロ」 P.130

人は、本質的に怠け者だ。長期的で大きな目標を掲げると、迷いや気のゆるみが生じて、上手く没頭できなくなる。
そこで「今日という1日」にギリギリ達成可能なレベルの目標を掲げ、今日の目標に向かって猛ダッシュしていくのである。

成功体験は人それぞれのもので、必ずしも誰かの成功体験が自分にとって良いガイドになってくれるとは限らない。むしろ毒になることすらあるだろう。それでも絶対に正しい成功のセオリーがあるとしたら、「今ここで、この瞬間を頑張る」ということだろう。数年後、数十年後にこうありたいという目標を書くことは誰にでもできる。目標さえ書き出せば叶ったも同然という自己啓発が跋扈しているが、大きな目標を書くことが意味を持つのは、それを達成するために今日、今することが明確に分かっていて実践できる人だけだ。

今日も明日も自己啓発セミナーに行くことは自分の未来に少しも近づいていかない。それよりも今やりたいことに没頭して、今この瞬間できることを先延ばしせずにやること。それが堀江氏を優れたビジネスパーソンにしたのだ。

蛇足ですが

私の考えでは、堀江氏が訴訟や懲役でビジネスに関わることができなかった期間は、率直に言って日本の大きな損失だと思う。投資ファンドが主要な事業だったライブドアは、贔屓目に見てもあまりイノベーティブでも社会的意義のある企業だったとは思わないが、堀江氏の事業に対する考えはライブドア時代よりももっとスケールが大きくなり、人類に貢献するものに変わってきている。すさましい実現力を持つ堀江氏のことだから、きっと大きな実績を作り出すだろう。堀江氏のさらなる今後の活躍に期待したい。
 
  

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