2014/01/02

討論や会議で論点を合わせることの重要性

議論

特番が続く正月休み。私も寝正月とばかりに普段見ないテレビを何となく見てしまっているわけですが、深夜になると意外と真面目な討論番組をやっている。おなじみの「朝まで生テレビ」や、他にも教育について素人を交えて討論しているような番組もある。


こういう番組を見ていると常々感じるのが、粒感が違う観点から賛成派、反対派双方が延々と主張を繰り返していることの多いこと多いこと。議論している人達は熱が入って全体が見えなくなっているのだろう。一方が方法論について論じ、他方が目的論について論じているようなことがある。こうしたスタートから決して平行で交わることがない議論を聞いていると辟易するしかない。

討論会や会社での会議でもそうだが、議論が噛み合わない大きな要因は論点がズレていることにある。方法論に対して目的論で反論することもそうだし、ある主張に対してそれを包含する一つ上の概念で反論していると、議論が折り合わない平行線になる。


こうした無茶苦茶な議論にならないようにするためには、二つの方法がある。

まずは、討論のアジェンダ(テーマ、問い)を適切なものにすること。例えば、〇〇に賛成か?とか〇〇は必要か?という問いに設定してしまうと、その根底にある△△という課題に賛成するか反対するか、という話に還元されて、意味のない議論になってしまう。今見ていたテレビ番組では、大学入試に人物本位の入試を導入すべきか、という議論であったが、まったく議論が噛み合っていなかった。賛成派は今の大学入試に問題があるから賛成、という目的論になっていて、反対派は人物本位入試が実現できる手段がないのではないか、という方法論からの主張になっており、ずっと議論が平行線。結局、今の大学入試、ひいては大学教育に問題がありやなしや、という踏み絵状態になっていた。これでは建設的な議論とはいえない。本来この議論は、ある方法論を示してそれをOKか否かという議論をすべきだった。

もう一つは、ファシリテーターが常に論点を整理して議論を導くこと。ファシリテーターは議論を活発にさせることだけでなくて、どの論点について話すべきかを常に議論の場へフィードしなければならない。もし最初に設定されたアジェンダが正しくないとすれば、アジェンダを有機的に変えていく態度が求められる。


どうでも良いことだが、いろんな面で苦難の道を歩いてきたであろうオカマキャラの人がポロッということに、凄みのある真実を感じる。
 

  

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